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[Feb. 26th, 2005|11:55 pm] |
私はかなりラッキーな人間であるとともにかなり単純な人間でもある。少しでもかっこいいと思った男の子に優しくされたらもうそれでかなりぐらついてしまう。これもすべてまともな彼氏を作ったことがないのが原因であろう。
私はアメリカでの初めてのダンスパーティで、かなりぐらついてしまった。もうくらくらどころではない、ぐらぐらであった。 |
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[Feb. 26th, 2005|11:14 pm] |
なぜ私はいつも人が笑わない部分で笑ってしまうのか、と時々思うことがある。まずは高校1年の古文の時間だ。あれは私が高校デビューして間もないころ、サクラの花の陰から新緑が見え隠れしている時期のころだったと思う。私たちはナ行変格活用を学習していた。そのとき先生は言われた。「いいですか、ナ変は・・・死なず、死にたり、死ぬ・・・死ぬるとき、死ぬれども、死ねぇ!」ここでなぜ笑いが起きないのか。私には少なくとも「死ねぇ!」と聞こえてしまったのである。考えれば考えるだけ笑いがこみ上げてきてしまい、体が小刻みに震えたのをよく覚えている。あまりにも不自然な自分をどう抑えたらいいのかわからない。仕方がないから机に突っ伏して声を殺して笑った。その間先生の話など耳に入っていないので、その後の小テストの点数が丸で囲まれていた。それは追試を受けろという印であった。
次は同じく高校1年のころのことである。冬が過ぎ、待ち焦がれていた暖かい季節がやってこようとしているときであった。現代社会の学習範囲が終了してしまったので、先生は私たちにかの有名なモダン・タイムスを見させてくださった。主人公のチャップリンが新しい機械を試させられているシーンでは、私は最初は平気だった。しかしそのシーンはすぐ終わることなく、その機械が壊れるまで何度も繰り返されるのだ!しまった、こんな展開当たり前すぎるのに、笑ってしまう自分がいる!そして口を押さえながら周りをさっと見渡した。半分の人が眠ったりしている中で私は一人、私のように笑ってる人間の姿を発見した。いつも白衣を着ていて、げたを履いて登校してくるユニークな科学部員の男の子だった。
そして、ついに高校2年。つまり、アメリカでのジュニア。これは生物の時間だった。先生が「もっとも大きい」の意、Biggestという言葉のすぐあとでなんと「BiggestってBig Assって聞こえるよね。」と言ったのである!!Big Assというのはでかいケ・・・私は上品なのでここで少しニュアンスを変えることをお許し願いたい。つまり・・・「大きなお尻」である。クラスは特に反応を示さなかった。私も最初はそのうちの一人だった。それなのに、彼はスクリーンにBiggestと書くときにもう一度その言葉を繰り返したのだ。私はそれをノートに写すときに、「Biggest、ビゲスト、ビグゥエスト、ビグェアス、Big Ass,やだ、ほんとにBig Assって聞こえる・・・」とはっきりとそれを認知してしまった。また例の小刻みの震えが起こった。それでもなんとか1、2分はもちこたえていられた。1,2分は短いと思われるかもしれないが、そう思う方は今時計の秒針が2周するのをただじっと我慢して眺めてみることをお勧めする。意外に長いものである。とにかく、私は空咳をしたりしてこのおかしさを発散しようとしたが、口元が変にゆがむのまでをおさえることはできなかった。今の自分の顔はどんなにおかしいんだろうと考えたらそれがまた溜まっていたおかしさにさらなるおかしさを加えてしまってもうダメだと思った。1年前のように下を向いて笑った。後で隣に座っているナンシーが、「何がそんなにおかしかったの?」と聞いてきたので私はすべてを打ち明け、ようやく声をあげて笑った。「なんだ、咳までしてたからどうしたのかと思ったのよ」と彼女も笑った。同じ机を使っているマッドも、「笑うのはいいことだよ」と言ってくれた。けれども不思議なことに、声をあげて笑ったころにはもうおかしさはどこかに吹き飛んでいて、笑いをこらえたストレスはうまく解消されなかった。 |
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[Feb. 26th, 2005|10:25 pm] |
日本の10代の女の子は、オリジナリティにあふれたプリクラのらくがきが出来る人(もしくはプリクラを撮るときのポーズを瞬時に思いつくことが出来る人)、カラオケの上手な人、細い人、きれいにノートを取れる人、「いまどき」の書体を書きこなせる人を友達として好む、または尊敬するように思える。ファッションがいまどきのものであることはいうまでも(書くまでも)ないことである。
こういうことに気付いたのは、私がアメリカに交換留学をしていたときだ。
今の世の中、留学する人は何千人といる。語学留学とか含めたら何万人の規模だと思う。私たち10代の人間がそのちっぽけな経験だけを頼りに外の世界へ向かうのは、海の向こうに自分の希望が存在するとほぼ確信しているからだ。そして海を越えた彼らは必ず自分が日本を愛していることに気付く。「愛する」という言葉は大袈裟に聞こえるだろうか。これは決して大袈裟なことではない。私は断言しよう。そして、この気持ちを持てる自分も愛せるようになるはずだ。
大体、自動販売機に炭酸飲料水やミネラルウォーターだけではなく各種お茶が並んでるというのは涙がこぼれるほどにすばらしいことである。私は麦茶や緑茶だけでなく味噌汁まで飲むことができ、納豆や豆腐も種類豊富でかつスーパーに並ぶりんごにつやがない(つまりワックスが塗られていないということを言いたいことはおわかりいただけると思う)この日本を心から愛している。 |
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[Feb. 25th, 2005|09:58 pm] |
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生物の男の子・・・マッドでもタイラーでもない人・・・つまり一番話したことない人・・・あの人私のこと好きらしいよ。なんかやっと同い年の子に好かれたけど。なんか無理。ごめんね! |
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